2017年02月06日

オカリナの効用

  アサ倉工業の社長になって4年目に入った。        
  63歳からの新入生には、車通勤時間も長く、帰宅したときはもう疲れて、何もせず
  寝てしまうことが多いため、1年ほど前から、家内が習い始めたオカリナの  
  音色が家の中で響くようになっても、一緒に弾こうという気持ちには    
  なかなかならない。            
                 
  22歳に同期入社したM君とは、今日まで私の方がずっとお世話になりっ放し  
  になっているが、彼は、音楽の才能に長けて、一緒に寮にいたころは縦笛、  
  ギターなどを弾いて、寮仲間を楽しませてくれたが、最近はオカリナに凝って、  
  初見で楽譜も読めるし、耳がいいので、短い期間に、プロ並みに?うまくなった。  
  時々家に来ては、ミニコンサートをやってくれたり指導してもらっている。  
                 
  昨年、義母がお世話になっている高齢者向けの施設で、彼に演奏会を頼んだ  
  ところ、曲の選定から、時間割、歌詞の準備などの前段取りにも気くばりが  
  利いて大変好評だった。          
  オカリナの音色は、優しくて、唱歌でも演歌でも心を癒してくれるし、かなりの  
  高齢者ばかりだったが元気になってくれたような気がする。    
                 
  日本の唱歌に限らず、「北の国から」、「小さな木の実」などの練習曲もメロディが
  きれいで、楽譜を見ながら聴いていると、作曲者はみな天才で、この#の  
  遊びがすごいなどと、彼にわかったようなことを言ったりする。    
  彼が演歌を弾く時は、こぶしを効かせてノリノリになるので、    
  ”弾いていても楽しいだろう”というと満面の笑みを返してきた。    
                 
  私もオカリナを買って、何とか指使いを覚えたので、母にリクエストを尋ねると  
  「荒城の月」を弾いてごらんと言われたが、低いラの音がうまく出ず    
  ”まだまだだねえ”と一蹴された。          
                 
  腹式呼吸で、口から長い息を吐いて楽しむ楽器は健康にもいいし、    
  彼は、ボランティアの演奏にも引っ張りだこだが、時間ができたら(を作って)  
  そんなふうに過ごしてみたいと思っている。        


2017年02月03日

「銀漢の賦」の友情について

  そういえば、今日は高校の友人W君の誕生日だった・・・、    
  半世紀前の記憶からふとお祝いのメールを送ったら      
  葉室麟の小説「銀漢の賦」に出てくる蘇軾の詩、      
  「玲瓏山(れいろうざん)に登る」を返してきてくれた。      
  NHKのテレビドラマ 「風の峠」として放送された(らしい)ので    
  ご存知の方も多いのではないでしょうか。        
                 
  何年僵立兩蒼龍  なんねんきょうりつ りょうせいりゅう      
  瘦脊盤盤尚倚空  そうせきばんばんとしてなおそらによる    
  翠浪舞翻紅罷亞  すいろうまいひるがえる べにのひあ     
  白雲穿破碧玲瓏  はくうんうがちやぶる あおきれいろう    
  三休亭上工延月  さんきゅうていじょう たくみにつきをひき    
  九折巖前巧貯風  きゅうせつがんぜん たくみにかぜをたくわう    
  腳力盡時山更好  きゃくりょくつきるとき やまさらによし      
  莫將有限趁無窮  ゆうげんをもって むきゅうをおうことなかれ    
                 
  (玲瓏山には二頭の青龍にも似た、二つの高い峰がある)    
  二つの峰は一体、何年の間、聳え立っていたのだろうか      
  老人の背骨のように折れ曲がって空によりかかっている      
  田圃は紅色に色づき、青葉は風に翻っている        
  白雲をつきぬける峰を眺めながら山に登れば、      
  月を見るのによい三休亭がある          
  風が心地よく、ここで歩き疲れた足を休める時、山の景色は一段と美しい  
  限りある人間の身で無窮の美をこれ以上、追い求めてはいけない    
                 
  この作品は、「将監」と「源五」という二人の正義と友情をテーマとしているが、  
  作者はこの詩を引用した後          
  『将監は源五と支えあうようにして上った風越峠で見た風景を、この世で見た  
  最後の最も美しいものとしたのかもしれない。        
  人は脚力が尽きる老いの最中に、輝かしいものを見ることになるのだろうか』  
  と述べている。            
                 
  偶々送ったメールに対する、W君からの詩は        
  お互い、老いを感じる年齢になったからだろうか。二つの峰が私達のようでもあり、
  余計にじわっとくるものがあった。          
  彼ばかりではないけれども、こういう味わい深い友がいて、とてもありがたい。
  『ワインの愉しみ』を教えてくれたのも彼だが、
それはまたの機会に登場してもらおう。


2017年02月02日

アメリカファーストとノブレス・オブリッジ

  トヨタ自動車の業績が大きく影響する当社にとっても、騒がしいトランプ
  大統領の動向は大変気になるところである。
  ECを脱退した英国メイ首相とアメリカのトランプ大統領は親密な声明を出し
 
  たが、イスラム圏7か国の入国制限などの大統領令をはじめとする傍若無  
  人ぶりに、流石の英国もトランプ大統領を国賓としてエリザベス女王に謁見  
  することに非難の声が高まっている。          
  そもそも「アメリカ第一」という国単位の利己主義発言が、健全な”世の中”  
  に通用するはずはないと思うのだが、現実にトランプ氏が大統領になり、  
  イスラム圏からの入国制限に国民の半数が賛成するのだから、わから  
  ない。賛成した国民には、サルが怒ったという中国の故事「朝三暮四」  
  が重なるが、ここではリーダー側に立った感想を述べてみたい。    
               
  1982年に、イギリス領フォークランド諸島を巡ってイギリスとアルゼンチン  
  間で勃発した「フォークランド紛争」に当時23歳のアンドリュー王子が最  
  前線に赴いたことが話題になった。          
  階級が高く、庶民よりもよい生活をしている貴族は、国民を守るため    
  真っ先に戦場に駆け付け、最前線で生命を賭けて敵と戦わなければ  
  ならない。
  貴族の特権を維持するにはそれに見合う義務(ノブレス・オブリッジ)が
 
  伴うという精神がヨーロッパにはある。          
  マンハッタンに自社ビルを所有するトランプ氏も義務を果たそうという  
  つもりかもしれないが、自分さえよければという考え方からの発想では  
  本来の義務も品格も保てまい。            
  もし、自分ファーストが蔓延したら、電車・バスでお年寄りや体の不自由な  
  方に座席を譲る若者の光景も見られなくなるだろうし、ボランティア活動も  
  しぼんでしまいそうである。            
  そうならないことを信じ、寛容で多様性に富み、健全な精神と社会が
  アメリカと、全世界に取り戻されることを願ってやまない。
   
           




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