2020年10月07日

トランプ氏の行方 3日で強行退院の後、どうなるか

新型コロナウイルスに感染したトランプ氏は、全くもって、目的のためには手段を選ばないパーフォーマンス型の人間なので、自ら罹患してなお、周囲の人に感染する気遣いや規則など棚上げし、目前の大統領選に勝利するために無謀にも3日で退院した。
早く治すために「デキサメタゾン」や「レムデシビル」を投与し、「副作用」のリスクなどお構いなしの行動は、トランプ氏の戦略・戦術と根っ子は全く同じである。
 
さて、この先、“吉と出るか凶と出るか” 自らの意志や行動で将来を変え得るのか、それとも生命や自然の摂理に逆らうことはできないという結果になっていくのか興味深い。
 
立場によって事情は異なるといえども、世界で100万人を超える死者を出したコロナによる病人という意味では、一般人と変わらない。しかもトランプ氏は74歳、190センチ、111キロと不安を抱えている。
 
「死ぬる時節には死ぬがよく候 是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候」といったのは良寛さん。
「光陰は矢よりも迅かなり、身命は露よりも脆し」は修証義に出てくる道元禅師の言葉だが、極端な行動を取ったトランプ氏個人に対し、この先1週間ほど目が離せない。(令和2年10月6日)
 


2019年11月06日

地域のボランティア活動 (その3:お祭準備と台風19号)

全国に広く被害をもたらした台風19号が東海地方から遠ざかり、晴れ上がった
10月13日 日曜日の朝7時15分、知多市「尾張八幡神社」境内に、着飾った「屋形」と花車の2台が整列し、神事を司る役員らに「第10組 杉山ただいま到着しました」と大声で報告し、班長さんたちと正面の祭壇に深々と頭を下げて、当日の行事が始まった。             
大勢の方の支援のおかげで、やれやれ何とかなったという安堵の瞬間であった。             
 
台風19号は死者90名、行方不明5名、71河川・135ヶ所で堤防が決壊するという広範囲に大被害をもたらした。千葉県などではその前の台風15号の被害が大きかったため、台風19号については早くから警戒情報が出されていた。
そんな中、祭礼の3日前、10月10日木曜日の夕方、屋形を納めてある地元「皇后社」を守る町内の先輩が、台風接近の中どうやって準備するのか心配して私の家まで相談に来られた。  
パレード車に使うレンタカーは祭り前日、台風最接近の12日土曜日の朝しか来ない。
これまで、皇后社に納まっている「屋形」は町内の宝物であり、代々大切にして、雨に濡れたり、粗相して金の塗装が剥げたりしないよう大切に護っては、お祭りの晴れ舞台で披露してきた。
まず、皇后社の石段を上りきった境内の倉庫にある「屋形」を祭礼2日前の11日早朝に町内の世話役さんの倉庫に移動することにした。雨の中では石段の上り下りは危険だからである。
班長に召集をかけたが平日の朝の出勤時とあって大方出払っており、皇后社の上から重い「屋形」を降ろすときだけ出勤前の”若い”班長2名を頼り、後の仕事は平均年齢70歳を越える8名でこなした。軽トラックの荷台の上に「屋形」の「架台」を積み、さらに「屋形」をその上に据え付けると高さは3メートルを超え収納に難儀したが何とか納まった。             
 
そして幸いなことに、パレード車2台を収納できる町内の大きな倉庫を所有する工場が操業を早めに切り上げてもらえたので11日の夕方早くから倉庫を借りることができた。
子供会や班長さんたちが何日もかけて準備した紙花飾りや地元中学美術部が制作したパレード用の飾り絵などを倉庫に運び込み、祭り前々日にはあらかたの準備を終えることができたのである。            
 
祭り前日12日、土曜日の朝9時、ほぼ班長全員と花車の飾り付けに詳しい先輩方も倉庫に集合した。到着したレンタカー2台に「屋形」や紙花飾りなどを装着し終えるのに2時間もかからなかった。土曜日の朝方は、雨は多かったものの傘が使えないほどの強風はなく、班長さんたちの行き来に危険が及ばなくてラッキーだった。
そして、冒頭の当日集合に間に合ったのである。     
祭礼パレードに間に合う準備ができたのは、金曜日朝、夕の先輩方を中心とする頑張りと、土曜日朝方から大勢で準備に集中できたためである。         
 
祭礼が無事に終わって感じたことが二つある。         
一つは  
安全は最優先ながら、主催側から”中止”の場合の説明をついぞ聞かなかったのはなぜか。
祭礼は「神事」であり、主催者の宮司さんや神社総代たちにとっては、昔から神様と約束した行事は省略できず、たとえ悪天候であろうと成し遂げなければならない・・             
と考えているからではないか。     
この伝統を守る信念を尊重する一方で、少子高齢化が進む中で祭礼を継続していくためには、逆に柔軟に何を省き、どう変えていくのかも考えていかねばなるまい。     
二つ目は、何としても「屋形」を護り、かつ祭礼時には「日の目を見る」ように頑張る先輩方の強い想いである。「屋形」に限らず、大小の小道具などを何度も石段を往復して運んだ先輩方には、道元禅師の『典座教訓』にあるエピソードを連想させた。     
 
       *  *  *  *  *  *  *      
 
中国に留学中、道元禅師が寺の廊下を歩いていたとき、暑い中、老僧が庭でキノコを干していた。道元禅師は、あまりに大変そうなので、「誰かに手伝わせてはいかがか」と話しかけた。それに対し老僧は「他はこれ吾にあらず」  
(誰かにやってもらったのでは、自分でしたことにはならんからのぉ)と答えます。             
 
さらに道元禅師が、「もう少し涼しい時に仕事をされては」と言うと、
老僧の答えは、「更に何れの時をか待たん」(今でしょ!)というものでした。  
ちなみに、背中は曲がり、眉が真っ白なその老僧は私と同じ68歳でした。
 
以上、あらまほしき”先達”の指導と大勢の方々の協力に改めて感謝する次第です。
 
さて、祭礼の後片付けも終わったとき、別の『ある事』については次のブログで紹介することにします。  
 


2018年10月04日

「ハイクの会」という不思議な仲間たち

30年ほど前に、ハイキング・山登り、坐禅、音楽ライブなどを行う会に入って数年間楽しく過ごしたことがあった。実に不思議なメンバーの集まりで、少なからず影響を受けた。
その「ハイクの会」から個人宅でグランドピアノとバイオリンの演奏会をやりますよという案内をいただいたので久しぶりに参加した。   
紫陽花が庭いっぱいに咲いて、この先まさかあれほどの酷暑になるとは想像できなかったころである。   
バイオリンを弾く方は若く美しい地元出身のプロであったが、ピアニストの男性は定年退職後、趣味からさらに研鑽した偉丈夫で、力強い音色を響かせて私たちを楽しませてくれた。         
大体同じような世代の仲間と四半世紀ぶりに会ってみると、会社や肩書きはとっくに遠くに置いて、シニアならではの魅力をたたえている。       
当時もお金や出世には関心の少ない仲間だったから、きっと背筋をピンと伸ばして清々しく時を重ねたに違いない。その年輪が表情や物腰に溢れ、実に貴重で懐かしく、楽しいひとときを過ごすことができた。       
       
「ハイクの会」に入って間がない頃の日記に、「而今の山水は、古仏の道現成なり」という道元禅師の「山水経」を肴にマス酒を飲んだと書いてあった。     
あいにくその相手の方は参加されなかったが、そのとき、私は至福のときを過ごしたことを思い出したのである。 
メンバー一人ひとりの往時を起点として、現在まで予測した座標と、久しぶりに会った彼ら彼女たちの実際の立ち位置との誤差が少なく感じられるのは何故だろう。
元気な人だけが参加できるいうことももちろんあるが、ブレない人生観のようなものが働いているような気がする。
これから年を重ねていく上で、目に見えないものの影響力がより貴重になっていくので、こうした機会を大切にしていきたい。
少し視点がずれるかもしれないが、会社経営において、支柱となる『経営理念』が大変重要であることを、ここまで書いてきて、改めて感じたことも付け加えておきたい。
 


2017年07月26日

一番強い横綱が一番稽古する ~祝 白鵬 1050勝~

横綱白鵬が平成29年の名古屋場所12日目で魁皇の持つ1,047勝の最多勝記録に並び、千秋楽で1,050勝、39回目の幕内最高優勝を果たした。
 
白鵬は入門当時 175センチ、68kgで私より少しだけ大きいくらいだった。2001年3月場所初土俵では3勝4敗と負け越している。ここから、2004年5月新入幕、2006年5月初優勝と続き、気の遠くなるような勝ち星を積み重ねて現在に至るわけだが、テッポウや四股などの基本的な稽古を今なお怠らないとテレビで解説していた。こつこつと継続した努力が実を結んだわけで実に素晴らしい。
勝率や負け数を考えると、まだまだ記録は伸びると思うが、“張り差し”や“カチ上げ”などはできれば少し控えて、前人未到の高みに向けて、『修証一等(注)』の精進を続けていただくことを願っている。
 
(注)修証一等について
道元禅師の正法眼蔵「弁道話」で“修証これ一等なり“すなわち修行と証(さとり)は別のものではないと示しておられる。
修行することと悟ることは同等で修行して坐禅する姿がそのまま仏さまのお姿ということだが、私は修証一等を、
一番強い横綱こそが(ひたすら)一番稽古することだ、というように理解した。
これまでこの解釈が間違っていたというようなケースに合ったことはないと思っている・・・・。
 


2016年08月09日

イチロー3000本安打・・・百不当のイチローなり

平成28年8月8日、米大リーグ・マーリンズのイチロー外野手が3,000本安打を達成した。日本での1,278安打を加えるとピートローズの4,256安打も超えるすごい記録である。
イチローは、日米通算4,000本安打を達成したとき、
『4,000の安打を打つには、8,000回以上悔しい思いをしてきた』
と言っている。
成功には失敗の積み重ねと失敗してもあきらめないで続けることが必要であるが、失敗のたびにきちんと検証できる失敗をしてきたのだろう。
これに関して、浅草のお寺で一緒に説法を聴いた友人から
『いまの一当は、むかしの百不当の力なり、百不当の一老なり』
というメールをもらったことがある。
ようやく当った「一当」はそれまでの百回のハズレを積み重ねた鍛錬があったからこそだという意味であり、
道元禅師「正法眼蔵」の中の
『仏道の修行をひたすら求めていくうちにようやく真実のさとりの道を得ることができる』・・・という一節である。
イチローの記録はまさに”百不当のイチロー”であった。
また、今回の記録についてイチローはインタビューの中で、
『僕が何かすることで、僕以外の人たちが喜んでくれることが今の僕にとって何よりも大事ということを再認識した瞬間だった』
と答えているが、哲人にふさわしい。
イチロー選手ほど頂上を極めるようになると、フッと悟るような経験があり、それをいくつも積み重ねた心境なのだろう。
”求道の精神”の根本はどんな世界でも共通するものがある。
オリンピックでの日本人の活躍とも重ね合せて、大変うれしいニュースであり、よい刺激をいただきました。


 


2015年11月01日

経営理念2・・・利他のこころについて

アサ倉工業は、安全・品質・納期・コスト管理の徹底と、創造力を発揮し、お客さまに信頼と真の満足をお届けします。
<補足>
注釈に記した「利他のこころ」について説明します。
当社も創業して何年かは利益が出ず、お金もない苦しい状況が続きました。
十数年経ったころでしょうか、何とか業績が上向いてきたので、その訳を創業者の父に尋ねたらこう言いました。
”これまで、儲けよう、儲けようと思ったときは儲けることができなかったが、注文してくれたお客さんや仕事を回す同業仲間をどうしたら儲けさせてあげられるかを考えるようになったら、少し利益が出せるようになった・・・。”
経験でたたき上げた人ですが経営の要諦だと思います。
今から八百年ほど前に道元禅師は『利行は一法なり(注)』と断じておられます。

(注)   愚かな人は、人助けを先にすれば、自分は損をすると考えてしまうが、そうではない。利行の道理は一つで、自分と他人を比較するような対立が無く、自分も他人もともに利益を受けることができる。
・・・・・愚人(ぐにん)おもわくは利他を先とせば自らが利省かれぬべしと、しかにはあらざるなり、利行は一法なり、あまねく自他を利するなり。・・・・・                      
 




このページのトップへ