2018年04月01日

ゴールデンウィーク休日のお知らせ

拝啓
貴社ますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
さて、弊社のゴールデンウィークの休日を誠に勝手ながら、
下記の期間とさせていただきます。
何かとご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いいたします。
なお、平成30年4月~平成31年3月の操業カレンダーは
弊社ホームページ(http://www.asakura-kogyo.co.jp/)の
最上段、電話番号の真下の「当社カレンダー参照」をクリックして
いただきますと表示されますのでご利用ください。                                                  
                                                                                                 敬具
                                   記
 
4月29日(日)~4月30日(月) ・・・休業
5月 3日(木)~5月6日(日)・・・休業
 
5月 1日(火) 通常営業
5月 2日(水) 通常営業
5月 7日(月) ~ 通常営業
 
                                                                                         以上
 


2017年11月26日

創業40周年を迎えて(感謝)

昭和52年(1977年)11月に父がアサ倉工業株式会社を立ち上げて、平成29年(2017年)11月8日で満40年を迎えた
その頃、私はまだ独身で、会社に勤めていたが、創業して半年くらいはあまり電話もかかってこなかったし、父が古いセダンの後部座席やトランクにスポンジシートなどを狭そうに積んで配達をしていた光景を覚えている。
やがて中古の印刷機を買って、ゴムスポンジのロール式連続プレスとして使えるまでに苦労してカスタマイズし、親指が機械に挟まれて、その労災保険で資金繰りに一息つくという綱渡りもして、少しづつ商売の軌道に載せ、平成初めまでのバブル景気の追い風もあって、取引先も財務諸表も現在の基本ができた。
それから、さらにリーマンショックなども越えて、4年前に私が社長を受け継いだが、社員やパートさん、内職さん、お得意様や仕入先、協力業者様など大変お世話になり、いろいろと助けていただいたおかげさまで、今日を迎えることができ、いくら感謝してもし尽くせない思いでいっぱいである。

一方、これからの40年は想像もつかない。
トヨタ自動車の豊田社長ですらEV自動車や自動運転への変化を見据えながら、”勝ち残りではない、生き残りに必死だ”と言われるくらいであり、少子高齢化に向かっている日本社会についての『未来の年表(講談社現代新書)』の中身を重ねると、いたずらに悲観的になることはないかもしれないが、会社存続の位置はこれまでの延長線上にはない中で必死に舵取りをして、長寿企業にしていきたいと思っています。
引き続きご指導ご鞭撻を賜りたくよろしくお願いします。
  


2017年08月30日

東京みやげ ~空也もなかと重盛の人形焼~

お前のブログは難しい・・・・
と私のブログの数少ない読者から言われたので、今回は少し柔らかい話をします。

サラリーマン生活最後の4年間は東京だった。
大学の4年間を世田谷(上野毛)で下宿し、退職までの4年間を品川(青物横丁)で過ごしたので、キセルしたような8年間は、数字以上に長く住んでいたように感じる。
単身赴任の東京から帰省するときにはみやげとして、度々「空也もなか」と「重盛の人形焼」を買った。
 
「空也もなか」
東京のおみやげで何が喜ばれるだろうと、当地の友人に尋ねると
「空也の最中が一番でしょう」という答えが返ってきた。
1週間以上前に電話で予約し、銀座6丁目並木通りの小さな店まで取りに行かないと手に入らない。
暖簾をくぐって、「3箱注文した伊神です。」というと、カウンター奥にいくつも積まれた中からレジ袋入りの「空也もなか」を、ハイと渡された。
経営効率のよさに感心しつつ、ようやく手に入れた満足感と、どんな味がするのかワクワクしたことを覚えている。
夏目漱石も愛したという小豆のつぶし餡入り小判型の最中が10個入り1000円。
家の近くで家庭菜園をしているSさんから、散歩の通りすがりに土のついた野菜をよくいただくので、お礼に1箱差し上げると、えらく感激してくれた。
別のところに、東京みやげとして渡したら「もっと大きい最中がいいなあ」と言われたのでここには2度と持っていかない。
上品な甘みと入手が困難なことを知っている人は一様に喜んでくれるので、在京の会社の人たちにも時々配ったことがあった。
上京する日が確定していれば予め電話注文できるし、銀座のG-SIXにも寄ってみたいので、久しぶりに頼んでみようかと思っている。
 
「重盛の人形焼」
京急「青物横丁駅」から都営浅草線の人形町駅で降り、水天宮方面に向かい、新大橋通りを東に行ったところに通勤していたので、水天宮の交差点に面した「重盛の人形焼」に立ち寄って、餡入りや餡なしの人形焼を度々買った。
人形焼は東京のキヨスクなどのみやげもの店でも売っているが
本格的な味となると、重盛永信堂以外には浅草や上野界隈の老舗、錦糸町の山田家などがおいしい。
 
この「日本橋トルナーレ」ビルに通っていたとき、ちょうどテレビ番組で東野圭吾の「新参者」が始まった。朝の通勤途中、偶々、甘酒横丁の卵焼きやで人だかりがしたので近寄ってみると主役の「阿部寛」の長身が見えた。
番組の中では、この人形焼の他にたまりせんべいの草加屋、たい焼きの柳屋をはじめ
浜町に近い明治座などいろいろ出てくるので当時は「新参者」の舞台を紹介した地図やポスターが出回ってにぎやかだった。
 
名古屋も大名古屋ビルやJタワーなどおしゃれなビルができて、東京で有名なお店が進出して、大都会と変わらなくなってきているが、老舗の味はぜひ
”そこでしか買えない”
よう貫いてもらったほうがかえってありがたいように思います。

柔らかい餡子(あんこ)の思い出でした。

 
 


2016年06月15日

電話の切り方の心構え・・・『残心』

電話のマナーも、躾けのSの一つとして重要である。電話を掛けたとき、眠くてだるそうな声が返ってくると、うんざりするが、明るい声でテンポよく応対してくれると気分がいい。また、丁寧な言葉づかいでいい感じだったところ、切るときにガシャンとやられるといっぺんに印象が悪くなる。
この電話の切り方の心構えについて、池波正太郎の「日曜日の万年筆」というエッセイのなかの『残心』という作品にこう書いている。

・・・・電話をそなえているのが十人に一人あるかないかの時代で作者が小学生のころ、先生から
「たがいに、はなしが終わっても、ちょっと間をおいてから電話を切らなくてはいけないよ。相手が、まだ、はなすことがあるかもしれないし、・・・はなし終えて、おじぎをするくらいの間をおいてから切るものだ。それでないと相手に失礼となるのだから、よく、おぼえておきなさい」と教えられた。

剣道で相手を打ち据えたあとも構えを立て直し、相手の出方を見るのを「残心」というが、電話で語り終わって尚、あいての様子をうかがったり、帰りを見送られたときに振り向くとまだ立って見まもってもらうのも「残心」だと述べている。
戦前で電話が普及していないときに教えた先生もすごいと思うが、時代を経ても心構えの基本はかわらないということだろうか。声の玄関であり、相手の顔も見えないだけに気をつけたい。

 




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