2020年10月29日

日本の産業力の後退とソフトウェア力の強化

令和2年10月28日の日本経済新聞「私の履歴書」に「KDDI相談役 小野寺 正」氏が
20世紀に「我が世の春」を謳歌した日本企業は21世紀に入ると目に見えて失速した。その大きな原因は、ソフトウエアの軽視にあるのではないか
との述べておられる。全く同感である。
 
30年ほど前のこと、昭和から平成に改元され、新入社員が急に増えた時期に、上司から営業や製造、技術開発に配属される新人を除いた「企画人材」を一堂に集め、1年間必要なスキルを磨いて、それから各部署に配属させるという提案をいただいた。
コストと時間がかかる投資であるが、将来への大きな見識に基づいた布石であった。
「ITリテラシー」といった言葉が当時でも聞こえてきており、コンピューターやネットワークの基本をビジネスマンの”読み書きそろばん”として身に着ける重要性を意図していた。また、この貴重な期間に、書類の書き方や、経理、商品開発など当該部門の実力者を講師としてお招きし、ビジネススキルや研鑽に努めた。
この研修の後、全国各拠点に配属された彼ら、彼女らによって、ひとり1台のパソコン(端末)に普及していく中、スピード感を持って展開できたし、同期の仲間がいろんな拠点に行っても緊密なヨコ糸の絆によって、相談し合えることはお互いに大きな財産になった。
 
“周遅れ“と言われているデジタル化の取り組みが、今後の日本の産業競争力アップに資することを願いながら、冒頭の「小野寺 正」氏の提起以前にこの取り組みを指示した上司や会社の器量・慧眼を尊敬するとともに、この仕事に携われたことを深く感謝したい。
 




 


2020年09月28日

会社が税金を払うということ

当社は8月決算なので、決算数値が固まって課税所得が計算されると、法人税や事業税などを納めることになる。
今回の決算はコロナ禍の影響もあって厳しい結果になるが、私が会社の経理部門にいた30年ほど前のこと、
父に、利益(所得)が出るなら、(空調を取り替えるというような)節税対策を考えてみたらどうかと、生意気にも言ったことがある。
すると父からは意外な答えが返ってきた。
『お前の勤めている大会社なら、「これは売上、これは利益、これは税金・・」というようにあらかじめ計画を立て、実際に税金を払えるだろう。しかし、(アサ倉工業のような)中小企業は「締めてみてナンボ」の世界であり、必死にやって結果として利益が出たらやれやれと思って、税金をありがたく払うのだ目いっぱい走った後、払うべきを払うのであるから、狡い(こすい)ことを言うな』と父にしては珍しく語気を強めた。
社長になって、当社の創業期からの決算書類を見たが、確かに、赤字、黒字、赤字・・・と利益は不安定でよく持ちこたえられたと思ったことがある。
一介のサラリーマンが頭で考えたことと、体を張ったオヤジとは随分と感覚が異なった。コロナ禍で経済的なダメージが大きい状況下になってよけいに父の言ったことが理解できる(経営計画を立てる重要性とは別の話)。

別件で、定年間近のころ、社内で海外事業を分社化しようという話が持ち上がった。国内とは経営感覚が大きく違うので同じ組織体の中で意思決定を進めようとすると問題が多い・・というような背景からであるが、私は必至で反対した。国内なら便器1台売っても確実に利益が計算できるが、海外事業だけを取り出せば赤字事業である。全社の税務キャッシュフロー(税効果)からみれば、切り離すことによるメリットはない。
その時の経理担当は「繰越欠損があるので税金を払わなくて済む」とまで言い放ったのである。
トップからの方針に協調しようと思ったのであろうか。中小企業では当期利益の後さらに税金を払うという資金繰りは大変悩ましく、繰越欠損は別立ての「納税準備預金」のようなものである。
さすがに分社化は実行されなかったが、町工場のオヤジになって、大企業とは感覚が異なることを、いろいろ思い出した次第であります。




 


2020年03月16日

オリンピック開催の可能性とコロナウイルス対策  

トランプ首相が無観客で開催するくらいなら、1年延期したらどうかと発言したが、安倍総理や小池東京都知事が、中止や無観客はあり得ないと表明した。今年の開催を中止と言おうものなら不届きものと一喝されそうな雰囲気があった。
だが、果たしてそうだろうか。
                                                                                   
 経済(損得)の影響
TOKYO開催が決定後、それに向けハード・サービスなどの投資が着々と進み、7月24日の開会式に向けた聖火リレーはもう始まっている。     
事業経営者の立場からみて、もし中止になれば損害は、想像を絶するものになるだろう。乾坤一擲の投資が回収できない影響は、株価下落、倒産増を招きかねず、泣きっ面に蜂が集団で襲って来るようなものだ。
                                                                                   
 開催したときの交通・物流事情の現実 
円滑な運営ができるように『東京都オリンピック・パラリンピック準備局』というサイトがあり、さらにクリックしていくと「2020TDM推進プロジェクト」が出てくる。(https://2020tdm.tokyo/index.html
TDMとは「交通需要マネジメント」のことで、自動車の効率的利用や公共交通への利用転換などによる道路交通の混雑緩和や、鉄道などの公共交通も含めた交通需要調整をする取組みであり、何月何日何時のどの道路、鉄道がどれくらい混むかといった精緻なシミュレーションの地図が現われ、時差通勤や渋滞を減らすなどの対策や協力を具体的に示している。
東京23区に1,000万人が住み、ただでさえラッシュアワーや渋滞が恒常化しているところに、海外から最大同数ほどの観光客、関係者が押し寄せるとすると、いくらオリンピックスタジアムや選手村を整えても円滑に運営できなければ意味がないので、こうした検討・準備が国家的プロジェクトとして行われるのは当然である。

 今のコロナウイルス対策との矛盾
イベント中止、不要な外出の自粛といった要請が行政から発信されている。
「クラスター」と呼ばれる集団感染防止に向けて休校にしたり、デイサービスも控えろなどと多少の副作用にも目をつぶれという案内である。
密室で換気が悪く隣同士の距離が取れないところは感染しやすいから控えるようにという情報提供があった割には、満員電車の危険度についてのアナウンスは遅かったような印象がある。 
オリンピック開催のGO/NOT GOを議論する上で、上述の極めて緻密なTDMの視点が開示されないのは不自然でもあり恣意的な匂いがする。
一方、世界的な感染が広がる中、WHOがパンデミックを宣言し、株価は急落し、 各国では思い切ったリスク対策が次々と打ち出されてきている。
                                         
 リスクマネジメントセオリー
リスク管理の基本は「最悪を想定し、優先順位(トリアージ)を判断して、取り返しのつかないリスクを回避すること」であり、準備したことが取越し苦労(空振り)に終わったら”よかったね”という世界である。 
クイーンエリザベス号への支援を自衛隊に依頼したとき、彼らはリスク管理の訓練が身についているので防護服に身を包んで行動したが、厚労省関連者は平時の服装で往来していて(感染した)とある番組で聞いたが、非常時での常識を持たない組織ならありそうなことだ。
アメリカ感染症研究所のファウチ所長は「大げさくらいでちょうどいい」といったが、いたずらに不安を煽るからといって事実を開示せず、それが元で対策が後手後手にまわる政府の見識のなさ(野党も同様か)で国民の犠牲(最悪感染死)を増やさないことを願っている。 
                                                                           

   上記から導かれること  
オリンピック、パラリンピックを目標に切磋琢磨してきた選手やその関係者にはお気の毒だが、予定通りに開催できるハズがないというのが常識的な結論ではないか。
経済的には大打撃だが、強引に開催へと中央突破したら、日本だけでなく世界的なクラスター感染をみすみすわかっていながらやったのかと医学的・人道的非難を免れまい。                                                                                                                                  

   損得のものさしからやさしさのものさしへ 
渋沢栄一は「論語と算盤」を拠り所として事業を進めたと述べているが、オリンピック・パラリンピックという平和やある程度のゆとりある社会を前提としたとしたスポーツとそのビジネスよりも新型コロナウイルス感染症の死者が6,000人を超えた現実とそこから想像できる弱者、貧困社会に向けて人として当たり前の優しさを優先するものさしを持つことが必要ではないだろうか。間違った踏み絵をして、取り返しのつかない後悔をしないよう望みたい。
           
 原点に帰れ
何十年も前に、父が私に瀬島龍三の講演カセットテープを渡してくれた。
青春を第2次大戦時に過ごした父にとって、陸軍参謀、シベリア抑留、伊藤忠商事会長という経歴を持った人の話に、感じるところが多かったと思う。
印象に残るのが、
先が見えない、そんなときこそ原点に帰ることだ。原点とは、守るべきを守り、攻めるべきを攻めることだ
という、戦略家に共通するキホン的な考え方を強調したところである。
政府もコップの中の嵐のような小さな議論に時間を割かず、瀬島龍三ならこの一点を死守したに違いないという原点をどっしりと示していただきたい。                                                        令和2年3月16日         


2020年03月02日

パッキンの自動画像検査いよいよ運用開始!

2018年7月に『統計解析とAI ~画像認識による自動検査への活用~』とブログに書いたアイデアを、1年かけて精緻化し、経済計算ではとても投資・回収ができないので、「ものづくり補助金」に応募して採択通知が届いた2019年7月に、パーツフィーダー、コンベア、画像診断カメラ、その全体を制御する設計を受け持つそれぞれのメンバーに集まっていただき、システム開発をスタートしました。
検査対象の製品(ワーク)は、数ミリ厚のゴムスポンジシートをプレス機で型抜きしたパッキンです。50円玉くらいの、小さくて、薄くて、軽くて、柔らかくて、静電気でくっつきやすいハンディを持っており、当業界に詳しい方からは否定的な意見をいただきましたが、却って挑戦する気持ちが高まりました。

・パーツフィーダーにワークを供給する”ホッパー”に静電気除電装置を付け、
・S社製の垂直、水平両方向に振動するデュアルモーション方式のパーツフィーダーを地元企業のM精機にカスタマイズをお願いし、特殊塗料を塗ることで最後のワーク1個まで滑らかに出口まで運ばれ、
・そのパーツフィーダーの出口からワークが1個コンベアに落ちた後、次の2個目のコンベアにワークが落ちる間に、M社製のコンベアが秒速60センチの高速で回ることで、ワークの重なりを防ぎ、
・K社製の画像診断カメラがミリ秒の精度で撮影し、OK/NGの信号をシステムに送ります。
・これらのパーツ機能の全体制御する設計・開発を名古屋で一流の設計屋さんが引き受けていただいたことで、完成することができました。 
ワールドカップで善戦したラグビーのように「ONE TEAM」となってはじめて出来上がったありがたさに感激しました。

異品が混入していないか、ピンホールやバリの不具合はないか・・人間の目と指による検査は1秒当たり2個がせいぜいですが、このシステムでは2倍近くまでできます。 
また、「しきい値」を登録しておくことで、良品/不良品の判定のばらつきがなくなります。さらに、私の一番の開発動機になりますが、高齢化が進む内職さんにずっと頼る状況を大きく改善でき、”不良品を見逃したのではないか”という内職さんの心配も払拭できるようになります。  
                                                                     
なお、良品/不良品をカメラ装置に学習させるには  
(1) 製品の形・寸法、ピンホールの大きさなどを数値として登録して診断させるやり方
(2) 良品(不良品)を大量に画像入力し、それ以外を不良品(良品)とするやり方
のどちらも機能的にはできるのですが、入力負荷が小さく、自動診断の立ち上げが早くできる(1)の方式を採用しております。
今後、AIを活用した(2)の方がいいケースも出てくると思います。
1個当たりのパッキンは1円を切るような安価なものも多いのですが、1品番でひと月に百万個を超えるものもあり、されどパッキン・・・にこだわって、                                                     
不良品を1個たりとも流出させないよう、品質と信頼性を高めるべく、アサ倉工業は、これからも進取の精神を持って、変化し挑戦してまいります。
 


2019年02月05日

経営理念1 従業員の幸福(続き)

 ホームページを公開したばかりのころに以下のように経営理念1と補足説明を掲載しました。
 
アサ倉工業は、仕事を通して社会に貢献し、働く喜びを共有します。
当社は社員、パート合わせて十数人の会社です。
ここで働く人たちが一番の財産ですが、人生のゴールデンタイムを会社で過ごします。
せっかくですから、明るく、元気に、誠実に仕事にとり組み、社会に貢献し、働き甲斐を皆で共有し、一人ひとりが豊かで幸せな人生を築いていく。
アサ倉工業はそんな職場を提供していきたいと考えています。
<補足>       
当社の経営理念には、39年間の会社勤めのなかで学んだ影響が大きいのですが、従業員の幸せを経営理念の第一に掲げていただいた会社で働けたことはなんと幸福であったかと感謝の気持ちでいっぱいになります。
その気持ちを受け継いで、ここで一緒に働く仲間たちが、自らを主人公とし、仕事を通して生きがい、働き甲斐を持てるように、そして、経営努力の果実を分け合って、物心ともに豊かな人生を送っていただくことを願っております。
===    ここまで 前掲済み   ===
2014年(平成26年)2月に当社に入社し、その当日から社長をやることになって早いもので、満5年が経ちます。
入社して数ヵ月後に「経営理念」を作り、1年半後にはホームページを立ち上げ、社内外に向けて強い思いでこの「経営理念」を発信しました。
その第一に掲げたのが、冒頭の   
 
アサ倉工業は、仕事を通して社会に貢献し、働く喜びを共有します。
です。 
これまで、わがままを言いながら、よくぞ一緒にがんばってくれてありがとうと仲間の皆さんにしみじみ感謝申し上げるしだいですが、5年を一区切りとして、主に、ハード面から振り返って見ます。
 
就任1年目には、構内の事務所を強い地震に耐えられるように梁と柱に火打金物や筋交い、壁構造補強などやれるところ全てに実施しました。
建物自体は軽量鉄骨の軸構造で屋根も軽いので地震には強いはずですが、大工仕立の事務室は不安がありました。従業員の安全確保が何より重要な中、良い業者に出会って想定どおりの補強ができました。
 
2年目と4年目には、ものづくり補助金の制度を活用し、ベンチプレスで筋力を鍛えるような重い作業台の直断機を女性にも優しく、安全で精度の高い設備に変え、また、ハーフカット(底面部を少し残す)できる高精度で生産効率の高い自動裁断機も導入しました。新人のパートさんにも作業負荷が小さくて操作がラクな設備です。
 
3年目の春頃、展示会で屋根用の「遮熱塗料」があるのを見つけ、その夏を凌いだ後、晴天が続き、隣の住宅が日中窓を閉められる11月末に屋根の塗り替え工事をしました。
外側の屋根表面温度を最大20度、室内を同5度下げられる(カタログ表示)効果のおかげで昨夏は、命の危険と言われた異常な暑さを無事乗り越えることができました。
 
さらに、5年目の秋、トイレの会社に長く勤めた私にとって気になっていた和式トイレを、ようやく、洋式トイレにリフォームしました。
大勢の人が使うため、洋式に変える心理的な抵抗も少しはあったのですが、終日立ってプレス作業をするパートさんから、”膝が痛い"と言われたきっかけもあり、血圧が気になる従業員もいる中で、シャワートイレや暖房便座のついたトイレは皆さんにとても喜んでもらいました。
 
『人生のゴールデンタイムを会社で過ごす』なかで安全でより快適な職場環境にしていくのは経営者にとってもっとも重要な課題だと思います。
今後も引き続きしっかり取り組んでまいります。
 
仕事が終わってから、定年後になってから・・幸福を求めることもありましょうが元気に仕事をしている「今」にあってこそ幸せを感じたいものであります。
 
仕事を通して「幸せ」な人生を築く ことに関連して、
板橋 興宗 (いたばし こうしゅう )という曹洞宗の僧侶の本の中で「しあわせ」について印象深いおとぎ話があったので紹介させていただきます。
 
あるところに、一人の木こりさんがいました。
昔は電気のこぎりなどはありませんから・・
(中略)・・

何十年も毎日毎日のこぎりで木を切り倒していました。
あるとき、十メートルほど前方に世にも珍しい、美しい「けもの」が現れました。      
しかし、木こりさんが「あれっ」と見つめると、すぐに消えてしまうのです。
(中略)
その美しい「けもの」はその後も時々現れては、だんだんと近づいてくるようになりました。
しかし、木こりさんが、のこぎりを引く手を休めて見とれていると、またすぐに消えてしまうのです。 
(中略)
木こりさんは、とうとう「けもの」が現れても気にすることなく、ゴシゴシとのこぎりを引くようになりました。
そのようにして何日か過ぎ去ったある日、突然、その「けもの」が、のこぎりの上にのっかってほほ笑んだそうです。  
この美しいけものを「しあわせのけもの」と言うんだよ。
  
 以上
 


2018年10月04日

「ハイクの会」という不思議な仲間たち

30年ほど前に、ハイキング・山登り、坐禅、音楽ライブなどを行う会に入って数年間楽しく過ごしたことがあった。実に不思議なメンバーの集まりで、少なからず影響を受けた。
その「ハイクの会」から個人宅でグランドピアノとバイオリンの演奏会をやりますよという案内をいただいたので久しぶりに参加した。   
紫陽花が庭いっぱいに咲いて、この先まさかあれほどの酷暑になるとは想像できなかったころである。   
バイオリンを弾く方は若く美しい地元出身のプロであったが、ピアニストの男性は定年退職後、趣味からさらに研鑽した偉丈夫で、力強い音色を響かせて私たちを楽しませてくれた。         
大体同じような世代の仲間と四半世紀ぶりに会ってみると、会社や肩書きはとっくに遠くに置いて、シニアならではの魅力をたたえている。       
当時もお金や出世には関心の少ない仲間だったから、きっと背筋をピンと伸ばして清々しく時を重ねたに違いない。その年輪が表情や物腰に溢れ、実に貴重で懐かしく、楽しいひとときを過ごすことができた。       
       
「ハイクの会」に入って間がない頃の日記に、「而今の山水は、古仏の道現成なり」という道元禅師の「山水経」を肴にマス酒を飲んだと書いてあった。     
あいにくその相手の方は参加されなかったが、そのとき、私は至福のときを過ごしたことを思い出したのである。 
メンバー一人ひとりの往時を起点として、現在まで予測した座標と、久しぶりに会った彼ら彼女たちの実際の立ち位置との誤差が少なく感じられるのは何故だろう。
元気な人だけが参加できるいうことももちろんあるが、ブレない人生観のようなものが働いているような気がする。
これから年を重ねていく上で、目に見えないものの影響力がより貴重になっていくので、こうした機会を大切にしていきたい。
少し視点がずれるかもしれないが、会社経営において、支柱となる『経営理念』が大変重要であることを、ここまで書いてきて、改めて感じたことも付け加えておきたい。
 


2018年02月27日

永守語録と組織改革

日本電産の永守社長交代人事が平成30年2月15日に発表された。 
M&Aを行った54社を含め、傘下にした会社は押しなべて収益を良化させている。
炎の永守語録にも「脱皮しないヘビは死ぬ」とあるように、信念を持ってリーダーシップを発揮してきたのだろう。後任の社長の手腕に注目したい。 
 
これで思い出したのは、「十八史略」の中の「三国鼎立(ていりつ)」という章のくだり。
ある部下が諸葛孔明に向かって、 
「むかし、高祖は法三章を定めて民心をつかんだというではありませんか。軍師も法をゆるめて、民の望みに添うようにしていただきたい」というと、孔明は
「貴公は一を知って二を知らぬのだ。高祖は秦の苛政のあとをうけたから法をゆるくされたのだが、益州の政治はこれまですっかりゆるんでいたのだから、これを引き締めて威信を立て直す必要があるのだ」と答えた。かくて蜀は立派に治まった。とある。 
 
業績がふるわない組織・会社には大概甘えや緩んだ規律があるだろうから、永守氏のやり方は、こうした史実?からも証明していることになる。    
必ずしも同じやり方をして成功するとは限らないし、実際場面での苦労は相当のものだろうが、仕事の基本的なところから、しっかりと見直す努力を続けていかなければならない。


2017年11月26日

創業40周年を迎えて(感謝)

昭和52年(1977年)11月に父がアサ倉工業株式会社を立ち上げて、平成29年(2017年)11月8日で満40年を迎えた
その頃、私はまだ独身で、会社に勤めていたが、創業して半年くらいはあまり電話もかかってこなかったし、父が古いセダンの後部座席やトランクにスポンジシートなどを狭そうに積んで配達をしていた光景を覚えている。
やがて中古の印刷機を買って、ゴムスポンジのロール式連続プレスとして使えるまでに苦労してカスタマイズし、親指が機械に挟まれて、その労災保険で資金繰りに一息つくという綱渡りもして、少しづつ商売の軌道に載せ、平成初めまでのバブル景気の追い風もあって、取引先も財務諸表も現在の基本ができた。
それから、さらにリーマンショックなども越えて、4年前に私が社長を受け継いだが、社員やパートさん、内職さん、お得意様や仕入先、協力業者様など大変お世話になり、いろいろと助けていただいたおかげさまで、今日を迎えることができ、いくら感謝してもし尽くせない思いでいっぱいである。

一方、これからの40年は想像もつかない。
トヨタ自動車の豊田社長ですらEV自動車や自動運転への変化を見据えながら、”勝ち残りではない、生き残りに必死だ”と言われるくらいであり、少子高齢化に向かっている日本社会についての『未来の年表(講談社現代新書)』の中身を重ねると、いたずらに悲観的になることはないかもしれないが、会社存続の位置はこれまでの延長線上にはない中で必死に舵取りをして、長寿企業にしていきたいと思っています。
引き続きご指導ご鞭撻を賜りたくよろしくお願いします。
  


2016年07月14日

経営理念3・・・変化し挑戦する

当社の3番目の経営理念は、
アサ倉工業は、進取の精神を持って、変化し挑戦します。
変化の激しい世の中にあって、経験を活かしつつも、自らが積極的に変わる、挑戦することで成長していきす。

としています。
環境に順応しないと生き残りにくいが、順応しすぎると変化に対応できない。
”今までどおり”ではなく まず”変わってみる”という『立ち位置』を持つこと と、こつこつと努力し続けて成長するという『向上心』が重要ですよと訴えている。

長い間愛用したシステム手帳のメモの中に40代半ばごろであろうか、
『すべってもころんでも登れ不二の山 ・・・酒井得元著 安心して悩め 』
『歩みを進むれば近遠(ごんのん)にあらず・・・参同契(さんどうかい) 』


と書いてあった。
現状の殻を破って、何とか困難な目標を達成したいと強く思い、不退転の決意や勇気を持って、始めるのは今をおいて他にないと奮い立つとき、
この二つの言葉は何と心強いことか。当時も大いに悩んでいたころかもしれないが背中を押されて一歩を踏み出したと思います。
いずれにせよ、大きく変わるのは文字通り『大変』だが、こうした想いを込めた経営理念であります。



 


2016年04月13日

アサ倉製品(Made by ASAKURA)の誇り と山本周五郎 箭竹(やだけ)

「会社案内」を作り直す時に、一言で想いが伝わるようなメッセージをつけようと思って、浮かんだのが、「メードイン アサ倉」と「誇り(Pride)」。
メードインジャパンには安心のイメージがあり、加工製造職人の誇りも訴求したかったのであるが、念のため英語の得意な友人に確認すると、made inの後には場所を表す語句がくるので、"made by"に直すべしという回答。
当社が提供する製品にこそこだわりを持ちたいということで出来上がったコーポレートメッセージは「PRIDE OF THE PRODUCTS MADE BY ASAKURA」と長たらしくなってしまった。
しかし、このメッセージを反映して、検査部門のミッションがすんなり 
『顧客と約束した規格、公差から外れた製品は出荷しない、顧客に渡さない』
に決まる。

ここから先は私の趣味の世界であるが、山本周五郎の「日本婦道記」に「箭竹(やだけ)」という短編小説がある。
徳川4代将軍家綱が、弓を射ると
『矢はまるで光の糸を張ったように飛び、・・こころよい音をたてて的につき立った。・・・よく注意してみると「大願」という文字が彫りつけてあるのだった』
というところから始まり、その出所を調べろという将軍の申しつけを受けて、岡崎の水野けんもつ忠善が製作者「みよ」を見つけ出し「大願」の訳をただすという物語である。
武士の妻の忠義というのがテーマであるが、
『大願の二字はけんもつの目にこそ触れめとて彫り付け候ものに・・・おそらくはみよの一心を神明の加護せさせたまうところと存じそろ』
というくだりではつい目がうるんでくる。魂を込めて作るとはこういうことであろう。

誇りというと”誇示、誇大”というイメージがあるが、アサ倉の「PRIDE」はも少し静かで謙虚に深く製品に託す想いを表しています。
この物語ほど大仰ではないものの、誠実にベストを尽くしてお客さまに満足していただけるよう惜しまない努力を継続していきたい。




 




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